厳島・竹生島に続き、日本三大弁財天の江島神社を参拝
湘南の海に浮かぶ江の島。
その江の島に鎮座しているのが弁財天で有名な江島神社。
江の島の弁財天は、広島県の安芸の宮島、滋賀県のびわ湖に浮かぶ竹生島の弁財天と並び、「日本三大弁財天」の一つに数えられています。
葉山でリゾートバイト中の筆者。
これも何かのご縁と感じ、江島神社へ参拝に行ってきました。
ちなみに筆者は、すでに宮島の大願寺と、竹生島の宝厳寺を参拝しています。


今回は、2026年10月初旬に参拝した江島神社を紹介します。
江島神社概略
552年(欽明天皇13年)、欽明天皇の勅命により、江の島の南の洞窟に宮を建てたのに始まると伝わる江島神社。
江の島は周囲約4kmの小さな島。

江島神社は、島内に三宮が点在する神社です。
江島神社の三宮には、三姉妹の女神が祀られています。
長女の多紀理比賣命(たぎりひめのみこと)は奥津宮、次女の市寸島比賣命(いちきしまひめのみこと)は中津宮、三女の田寸津比賣命(たぎつひめのみこと)は辺津宮の御祭神です。

この三女神の父は、天照大神(あまてらすおおみかみ)の弟にあたる神様・須佐之男命(すさのおのみこと)。
しかし、その気性はとても荒々しかったとか。
ホウボウだから、八岐大蛇を退治できたんだろうね
あまりにも荒ぶるため、天照大神が須佐之男命の剣を口に入れて噛み砕き、その破片から生まれたのが、この三姉妹の女神と言われています。
そして龍神伝説が残る江の島。
その昔、鎌倉には悪行三昧の五つの頭を持つ龍・五頭龍が人々を苦しめていました。
それを見かねた弁財天が空から舞い降り、その降り立つ場所として江の島が誕生。
そして五頭龍が弁財天に一目ぼれ。
五頭龍はアプローチするも、悪になびく弁財天ではありません(笑)
「悪行をやめ、改心しなさい」と怒られ諭された五頭龍は、見事に改心。
その後は人々の為に力をつくしたそうです。
弁財天もそれを認め、二人は夫婦神になったと伝わります。



今も昔も男ってヤツは・・・単純やな(笑)
この弁財天と五頭龍の恋物語が、江の島が恋愛成就の島と言われる所以です。
しかし、改心し人々の為に尽くしたとは言え、相当な悪行をした五頭龍が神様ってのが、モヤっとするのは筆者だけでしょうかね。
参拝・島内観光時間
今回の参拝・島内観光時間は約5時間30分。
これは、駐車場を出てから戻るまでの時間です。
この間には食事もしていますし、ゆっくり歩いたので、時間はかけた方だと思います。
また江の島散策は階段の上り下りが多いので、休み休み、のんびり歩くことをお勧めしますね。


階段が厳しい人には、上り専用の有料エスカレータ「エスカー」があります。


高低差のある江の島では、階段が負担で参拝を断念する人もいたため、江ノ島電鉄が1959年(昭和34年)に設置しました。
エスカーの名前の由来は「エスカレーターは上り下りあるけど、これは上りだけ。だったらエスカレーターじゃなくてエスカーでいいんじゃない。」とのこと。



シャレたアイデアだね
ちなみにエスカーは日本初の屋外エスカレーターです。
今回筆者は、江の島シーキャンドルと江の島サムエル・コッキング苑はスルーしています。
江の島サムエル・コッキング苑は日中無料なので、入苑してもよかったのですが・・・
※夜間イベント開催期間は、17時以降の退苑が有料です。
筆者のペースでこの2ヶ所も巡っていたら、7時間ぐらいかかっていたでしょうね。
駐車場
筆者が今回利用したのは、江の島のヨットハーバー側の奥にある湘南港臨港道路付属駐車場。(赤□)


この駐車場は参道の入口から離れていますが、長時間の散策にありがたいメリットがあります。
それは「上限金額」の設定があることです。


他の駐車場は上限金額が設定無しなんですよ。


記載が無い駐車場もおそらく設定無しなのでしょうね。




湘南港臨港道路付属駐車場の駐車料金は、1時間300円、上限金額1,500円。
筆者の駐車料金は5時間30分の利用でしたので、上限金額1,500円でした。
もし散策に一番便利な江の島なぎさ駐車場を利用していた場合、2,400円。
筆者のように、のんびり散策する人には、上限金額の設定はありがたいですね。
江島神社参拝・島内散策
今回筆者が歩いたルートは、下の地図の赤線が往路、青線が復路。


往路は辺津宮・中津宮・奥津宮の三宮を参拝しながら江の島岩屋へ向かい、帰りは途中から海側を歩きました。
青銅の鳥居と仲見世通り
江島神社への参拝・江の島観光は、この青銅の鳥居から始まります。


龍の彫刻で囲まれた扁額には、ちょっと難しい文字が・・・
これは「江島大明神」と書かれています。


この扁額は鎌倉時代の蒙古襲来に勝利した際、後宇多(ごうだ)天皇から頂いた勅額を写したものです。
青銅の鳥居をくぐると、その先はお土産屋さんや飲食店が並ぶ江の島弁財天仲見世通り。
(筆者が通った時間は、まだどの店も開店前でした)
そんな通りを歩いていると、江ノ島郵便局の前に黒い郵便ポストが。
1887年(明治20年)頃に使われていたものを復元したもので、現在も利用されています。


朱の鳥居と瑞心門
仲見世通りを進んだ先にあるのが、江島神社の朱の鳥居。


朱の鳥居の奥には、階段の上に建つ瑞心門(ずいしんもん)が見えます。


瑞心門は、竜宮城をモデルにした門。
「瑞々しい心でお参りできるように」という願いから名付けられたとのこと。
そして門をくぐって振り向くと、片瀬海岸が見えます。


さらに階段を上り、最初の参拝先となる辺津宮へ。


辺津宮
まず参拝するのは、田寸津比賣命(たぎつひめのみこと)を祀る辺津宮(へつみや)。
1206年(建永元年)に、源実朝が創建したお宮です。


高低差のある江の島(神域内)では、一番下に位置していることから「下之宮(したのみや)」とも呼ばれています。
江の島には、辺津宮の他にも、中津宮・奥津宮をはじめ、お参りするお宮やお堂があります。
そこで必要なのがお賽銭。
辺津宮境内の社務所で両替を受け付けています。
また御朱印所は辺津宮境内にあり、江島神社の御朱印所はこの1ヶ所。


こちらの御朱印所で、全ての御朱印をいただくことになります。


御朱印帳に書いていただける御朱印と書置きの御朱印、秋限定の切り絵御朱印がありました。






勝運祈願の神として信仰される、国指定重要文化財の八臂弁財天(はっぴべんざいてん)。
そして、音楽や芸能の上達を願う人々の信仰を集める、市指定重要文化財の妙音弁財天(みょうおんべんざいてん)。
その二体の弁財天を収蔵しているのが、「奉安殿」。
八角形できらびやかな外観です。


江島神社が日本三大弁財天の一つとして知られる、その弁天様をお祀りする場所となります。
拝観料は、200円。


中に入ると「一文字願建ての白い巳(みい)さま」のお出迎え。


初穂料は500円。


筆者は願建てして、弁財天を拝観しました。
ちなみに奉安殿内は、撮影禁止となっています。


奉安殿の御朱印には、お祀りされている「八臂弁財天」の名が書かれています。


弁財天を拝観した後は、奉安殿の隣にある八坂神社へ。
江島神社の女神三姉妹の父神・須佐之男命が祀られています。


江戸時代までは「天王社」と呼ばれていましたが、1873年(明治6年)に八坂神社へと改称。
御朱印には、かつての名前である「天王社」と書かれています。


毎年7月14日を中心とする五日間にわたる八坂神社例祭が開かれます。
神輿を担ぎながら海に入る海上神輿などが行われる、江の島ならではの例祭です。
辺津宮から中津宮へ
鳥居をくぐって、辺津宮から中津宮へ向かいます。


鳥居の先には、宝船水みくじがあります。


その先には龍神の像が鎮座する池が現れます。


案内板によると、ここから中津宮までは徒歩約3分。


中津宮までの参道を歩くと、歌舞伎にちなんだものが並んでいます。
江戸三座のひとつ、市村座が1777年(安永6年)に奉納した石燈籠。


1782年(天明2年)中村座奉納の石燈籠。


歌舞伎役者の手形


歌舞伎が流行していた江戸時代。
音楽や芸能の上達を願う人々の信仰を集める弁財天。
歌舞伎に携わる人々も、芸の上達を願って石燈籠を奉納したのでしょうね。。
そして江戸時代には、庶民の間でも江の島詣が流行。
伊勢参りまでは行けない人々の間で、信仰と娯楽を兼ねた江の島詣が大流行。
ピーク時には、年間約20万人が訪れたと言われています。
その江の島詣は女性にも大人気。
中津宮の御祭神・市寸島比賣命(いちきしまひめのみこと)は、とても美しい女神とされ、その美しさにあやかりたいと参拝する女性も多かったそうです。
中津宮
鮮やかな朱色の社殿が目を引く中津宮。
中津宮の御祭神は女神三姉妹の次女・市寸島比賣命(いちきしまひめのみこと)。
853年(仁寿3年)、第3代天台座主・慈覚大師円仁(えんにん)によって創建されたと伝わります。


慈覚大師円仁は、最後の遣唐使に加わって唐へ渡った僧侶。
天台山で学ぶことを目指し、帰国する一行から離れて無許可で唐に残るなど、なかなかの強者です。
そんな強者も、記録を残すことにはマメだったのでしょうか?
約9年半にわたる旅を綴った「入唐求法巡礼行記」は、世界三大旅行記の一つにも数えられる、日本最古の旅行記とされています。
また、開山・再興したと伝わる寺院は500以上。
筆者が訪れた中尊寺や松島の瑞巌寺も、その中に数えられています。




鮮やかな朱色が印象的な中津宮ですが、その創建には、こんな行動力のある僧侶が関わっていたのですね。
中津宮の御朱印も、辺津宮境内の御朱印所でいただけます。


中津宮では、水みくじをひくことができます。


水みくじは、水に浸すと文字がでてきます。


筆者は水に浸してから、ゆっくり文字が現れるものと思っていましたが、実際は速攻。
あまりにも早いので、ドキドキ感はまったくありません(笑)



もう少し、ゆっくりだったら良かったなぁ(笑)
中津宮から奥津宮へ
江の島で最も観光地の雰囲気がある中津宮から奥津宮までの間。
今回筆者は、観光の目玉「江の島シーキャンドル」と「江の島サムエル・コッキング苑」を訪れず、のんびり散策しました。
江の島は自然豊かで、ふと耳を澄ますと、鳥や虫だけでなく、リスの鳴き声も聞こえてきました。


江の島には、814年(弘仁5年)に弘法大師空海が岩屋で祈願し、社殿を創建したという伝承もあります。
かつては神仏習合のもと、金亀山与願寺として信仰を集めていましたが、明治の神仏分離によって仏教寺院は姿を消し、江島神社として存続することになりました。
その江の島に再び仏教寺院ができたのが、1993年(平成5年)。
旅館「江の島館」の跡地に、鹿児島市の最福寺の関東別院として創建されたのが、江の島大師です。


今回筆者は頂いていませんが、江の島大師でも御朱印を頂けます。


散策を進めると、赤土が見える部分があります。


この赤土の部分は関東ローム層。
関東で赤土を見かけたことはありますが、「これが関東ローム層か」と意識して見るのは初めてかも。


小中学校の社会や地理の授業以来、久しぶりに聞いた言葉ですね。
説明板がなければスルーしていたでしょうね(笑)
さらに進むとお土産店や飲食店が並ぶ、江の島御岩屋道。




江の島御岩屋道には、海を望める飲食店が並んでいます。
食事時には、オーシャンビューを楽しめる窓際席は争奪戦必至(笑)
そこで11時過ぎと早い時間帯でしたが、ランチをすることにしました。


筆者が選んだのは、アジ釜揚げしらす丼。
みそ汁と漬物がついて1,350円(税込)。


こてこての観光地価格と思っていたら、意外と全体的にリーズナブルな価格によせています。
ただ、ボリュームはもう少しほしいかな。



まぁ、価格とボリュームと味は比例するから、仕方がないけどね
筆者は葉山で、湘南しらすを味わっていますが、湘南のシンボル江の島でやっぱり選ぶのは湘南しらす一択しかありませんでした(笑)。




訪問時は、生しらすの提供はありませんでした。
この頃は台風が続いていたので、海況が悪く、漁に出られなかったのかもしれませんね。


まだ開店して間もない時間だったこともあり、窓際の席で海を眺めながら、ゆっくり味わうことができました。


奥津宮
奥津宮の前に建つ鳥居は「伝源頼朝寄進の鳥居」


1182年、源頼朝が奥州・藤原秀衡を追討祈願の為、今の岩屋洞窟である御窟(おんいわや)に弁財天を祀り、鳥居を奉納したと伝わっています。
その頼朝寄進の鳥居をくぐると、奥津宮が現れます。
御祭神は三姉妹の長女、多紀理比賣命(たぎりひめのみこと)。


奥津宮は江戸時代まで本宮御旅所(おたびしょ)と呼ばれていました。
当時、台風で岩屋内に波が入り込みご本尊が流出をするのを避ける為、4月~10月の間はご本尊を奥津宮に移していたそうです。
その一時的な滞在先だったことから、御旅所と呼ばれていました。
お賽銭箱の横には、龍と天女の絵が描かれているしゃもじが奉納されています。


夫婦が並んでいますね。
奥津宮の御朱印も、辺津宮境内の御朱印所でいただけます。


拝殿の天井画「八方睨みの亀」の他、境内には亀石など、亀にちなんだものが見られます。


対岸から見る江の島が、亀の形に見えることから、縁起物の亀がたくさん奉納がくると言われているそうです。
奥津宮の隣には龍宮(わだつみのみや)があります。


龍宮は江島神社発祥の岩屋の真上に建てられています。
筆写は頂いていいませんが、龍宮も御朱印がありますよ。
江の島岩屋
奥津宮から、島の奥の海岸へと階段を下っていきます。


そして相模湾が目の前に。


ここから岩屋橋を渡り、江の島岩屋へ。


岩屋とは岸壁にできた洞窟のこと。
江の島には第一岩屋と第二岩屋があり、見学の所要時間は約20分です。


入口料金所で入洞料は500円を支払い、洞内へ。
しばらく進むと、与謝野晶子が岩屋を詠んだ歌碑のある池に突き当たります。


池の前の丁字路を左へ曲がり、まずは第一岩屋へ。
途中の貸出所でロウソクを受け取り、その灯りを頼りに奥へ進みます。


第一岩屋は、奥で二股に分かれる造り。
順路に従い、まずは左側へ。


やがて行き止まりとなり、人が通れるのはここまで。
この先は、富士山の氷穴まで通じていると言われているのだとか。


分岐まで戻り、今度は右側の岩屋へ。
その突き当たりにあるのが、「江島神社発祥場所」です。


552年(欽明天皇13年)、ここに神様を祀ったことが江島神社の始まりとされ、かつて岩屋は本宮と呼ばれていました。


弘法大師や日蓮上人も修行し、1182年(養和2年)には源頼朝が奥州・藤原秀衡の征伐を祈願したと伝わる場所。
今のように交通の便がよいわけでもなく、橋も架かっていなかった当時の江の島。
島内にも、今のような階段はなかったでしょう。
それでも人々が祈願に訪れたことを思うと、それほど深い信仰を集める場所だったのでしょうね。
江島神社発祥の地を後にして、次は龍神伝説が残る第二岩屋へ。


奥へ進んだ突き当たりで待っているのは、龍神。


龍神信仰の地として栄えた江の島。
この岩屋にも龍神が宿ると伝えられており、島に残る龍神伝説をここでも感じられますね。
まとめ・感想
っという感じで、江島神社を参拝し、江の島を散策してきました。
子供の頃から聞いていたサザンオールスターズの歌などで、「江の島」という言葉には自然と馴染みがありましたが、どんな島なのかには、ほとんど興味を持っていませんでした。
東京在住時も、国道134号線の渋滞がひどく、とても行こうという気にはならず。
葉山でリゾートバイトを始めてからも、人が多そうなので、最初は訪れるつもりはありませんでした。
それが夏休みも終わり、なぜか急に行ってみようという気に。
江の島に呼ばれたのでしょうかね?
行くと決めるまで、日本三大弁財天の一つだったことも忘れていましたしね。
今回は辺津宮・中津宮・奥津宮の三宮を参拝し、江島神社発祥の地と伝わる岩屋まで歩きました。
今でも階段を下って向かう岩屋に、橋もなかった時代から人々が祈願に訪れていたことを思うと、長く信仰を集めてきた場所なのだと感じますね。
そして、以前参拝した宮島の大願寺、竹生島の宝厳寺に続き、これで日本三大弁財天すべてを参拝したことに。
葉山でのリゾートバイトをきっかけに、また一つ参拝の縁がつながりました。
土産物店や飲食店が並ぶ参道、江の島シーキャンドルなどの観光施設周辺は賑わいますが、時間や時期を選べば、のんびり散策することもできます。
筆者が歩いた朝の仲見世通りは開店前でしたが、帰りには観光客が増え、狭い参道は人混みに。


一方、江の島には自然豊かな道もあります。
帰りは途中から参道を離れ、「下道」と呼ばれるルートを選びました。


こちらは人も少なく、のんびり歩ける道。
どこの島でも、せっかく訪れたのに、人混みばかりで落ち着けないのは嫌ですからね。


三宮と岩屋を参拝し、途中でしらす丼を食べ、帰りは人の少ない道をのんびり歩く。
観光客の多さから敬遠していた江の島ですが、自分のペースで参拝と散策を楽しめましたね。
おわり


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