リゾートバイト 2022年から2年間7施設の評価・感想  

世界遺産【韮山と萩の2つの反射炉】歴史を物語る産業遺産

この記事には商品プロモーションが含まれている場合があります。

2024年10月現在、日本の世界遺産数は26。

建物など複数で一つの世界遺産となっているものが多いので、構成資産数(表現が適切かはわかりませんが)は相当な数あるでしょう。

1法隆寺地域の仏教建造物奈良県1993年(平成5年)
2姫路城兵庫県1993年(平成5年)
3屋久島鹿児島県1993年(平成5年)
4白神山地青森県・秋田県1993年(平成5年)
5古都京都の文化財(京都市、宇治市、大津市)京都府・滋賀県1994年(平成6年)
6白川郷・五箇山の合掌造り集落岐阜県・富山県1995年(平成7年)
7原爆ドーム広島県1996年(平成8年)
8厳島神社広島県1996年(平成8年)
9古都奈良の文化財奈良県1998年(平成10年)
10日光の社寺栃木県1999年(平成11年)
11琉球王国のグスク及び関連遺産群沖縄県2000年(平成12年)
12紀伊山地の霊場と参詣道三重県・奈良県・和歌山県2004年(平成16年)
13知床北海道2005年(平成17年)
14石見銀山遺跡とその文化的景観島根県2007年(平成19年)
15小笠原諸島東京都2011年(平成23年)
16平泉‐仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群‐岩手県2011年(平成23年)
17富士山‐信仰の対象と芸術の源泉‐山梨県・静岡県2013年(平成25年)
18富岡製糸場と絹産業遺産群群馬県2014年(平成26年)
19明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業福岡県・佐賀県・長崎県・熊本県・鹿児島県・山口県・岩手県・静岡県2015年(平成27年)
20ル・コルビュジエの建築作品‐近代建築運動への顕著な貢献‐東京都
※フランス・ドイツ・スイス・ベルギー・アルゼンチン・インド
2016年(平成28年)
21「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群福岡県2017年(平成29年)
22長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産長崎県・熊本県2018年(平成30年)
23百舌鳥・古市古墳群‐古代日本の墳墓群大阪府2019年(令和元年)
24奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島鹿児島県・沖縄県2021年(令和3年)
25北海道・北東北の縄文遺跡群北海道・青森県・岩手県・秋田県2021年(令和3年)
26佐渡島の金山新潟県2024年(令和6年)
参考:文化庁ホームページ

山口県萩市、静岡県伊豆の国市には反射炉と言う同じ形式の炉が、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産として登録されています。

ちなみに鹿児島市の旧集成館反射炉は炉そのものは無く跡のみですが、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産の一つとして登録されています。

山口県萩市
萩反射炉
静岡県伊豆の国市
韮山反射炉
参照元:鹿児島県観光サイトより
鹿児島旧集成館反射炉跡

筆者はリゾートバイトで、2022年12月~1月は山口県萩市、2024年7月~9月は静岡県伊豆に滞在していました。

萩滞在中、反射炉を訪れていたのですが、当時は将来静岡へリゾートバイトに行くかどうかはもちろん分かりません。

そして偶然にも1年半後リゾートバイトで伊豆に行くことになり、韮山反射炉を訪れる機会を得ました。

今回は二つの反射炉を訪れたレヴュー記事となります。

ホウボウ

では、行ってみよう

記事の内容は当時の情報ですので、現在とは異なる場合があります。

目次

反射炉とは

反射炉と聞いて、TV番組TOKIOのDASH島を思い浮かべる人もいるのではないでしょうか?

世界遺産・韮山反射炉をお手本に着工から2年半880日かけて完成(2019年10月頃放送)。

これで反射炉の存在を知った人も多くいたと思いますし、韮山反射炉も少なからず脚光を浴びたと思います。

引用元:日本テレビ公式サイトより DASH島の反射炉

反射炉は西洋で開発された金属溶解炉で、幕末から明治初期にかけて日本の産業革命を支える重要な技術のひとつ。

欧米列強に対し洋式大砲が必要となった江戸時代後期、反射炉の知識が蘭書によってもたされ、幕府や一部の藩が反射炉の導入に取り組みました。

1851年(嘉永4年)佐賀藩(肥前藩)が日本で最初の反射炉が完成させ、薩摩藩、伊豆韮山代官所(幕府天領)、水戸藩、長州藩(萩藩)が続き、また民間でも安心院(大分県)、六尾(鳥取県)、大多良(岡山県)などで反射炉が導入しました。

反射炉の遺構は山口県萩市、静岡県韮山、鹿児島市旧集成館のみで、日本の産業技術史上たいへん貴重な遺跡とされてます。

萩反射炉

萩反射炉

1855年(安政2年)反射炉の操業に成功していた佐賀藩(肥前藩)に藩士を派遣し、鉄製大砲の鋳造法伝授を申し入れるも拒絶され、反射炉のスケッチのみを許されたとのこと。

倒幕運動は薩長土肥って言いますが、この頃は佐幕派、朝廷、公武合体派のいずれとも均等に距離を置く政策をしていた佐賀藩。

最終的に佐賀藩は大政奉還、王政復古まで静観し、戊辰戦争の兵派遣で倒幕運動に参加しました。

ホウボウ

だから拒絶したんだろけど、スケッチは許可。。
ここがうまいとこだね。

その佐賀藩はこの時すでに日本初の蒸気船「凌風丸(りょうふうまる)」を建造し、反射炉も操業するなど、日本一の技術立国でしたが、長州藩も負けてはおりません。

長州藩はこの時のスケッチをもとに萩反射炉を建設したのですから、現場を見る観察力、洞察力には目を見張るものを感じます。

萩反射炉

現在残っている遺構は、安山岩積まれた(上方一部レンガ積み)高さ10.5mの煙突にあたる部分。

オランダの原書によると反射炉の高さは16mあり、萩反射炉は約7割程度の規模のものとなります。

長州藩の記録では1856年(安政3年)に試験的に金属の溶解実験が行われたのみなので、萩反射炉は試作炉で築造されたと考えられてるようです

萩反射炉の観覧料は無料な上、無料ガイドもあります。

この時筆者は無料ガイドを申し込まなかったのですが、約1年半後に韮山反射炉を訪れ、無料ガイドの素晴らしさを知ることになりました。

萩反射炉 無料ガイド
住所萩市椿東4897-7
営業時間見学自由
定休日なし
料金無料
TEL0838-25-3380 (萩市世界文化遺産室)
アクセス国道191号線沿い
萩循環まぁーるバス(東回り)「萩反射炉」バス停より徒歩2分
駐車場無料駐車場有(普通車21台・大型車3台)
ガイド有無無料ガイド常駐(9:00~17:00)
ホームページ、SNSその他公式サイト 

コメント

コメントする

CAPTCHA


日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

目次